熱:3話

「なあ、お前、圭介ってやつ知ってる?」

高橋が言ったのは、キャンパス内のカフェテラスで昼食を取っていたときだった。風が少し冷たくなってきて、カップのスープから湯気が立ち上っていた。

「圭介? ああ、高校のときのクラスメイトだよ。バンドまだやってるのかな」

「らしいよ。でさ、この前、高校の連中と飲んだとき、祥子って子がいてさ。そいつの彼女なんだって」

「へえ。知らない子だけど」

高橋は少し身を乗り出した。

「なんかさ、“将来が見えない”とか、“ミュージシャンって不安定だよね”みたいなこと言ってたんだよね。あと、“彼氏はお金がなくてどこにも連れて行ってくれない”とか、“いつも部屋でデートしてて、もう飽きてきた”って、ちょっとぼやいてた」

「で、俺が“じゃあ今度ふたりで飲もうよ”って言ったら、あっさりOK」

言いながら、自分のスマホをテーブルに置く。

「なんていうかさ、普通に考えて、俺のほうが現実的じゃん?」

雄二は、スプーンをくるくる回しながら高橋の顔を見ていた。

特にうなずきもせず、「ふーん」とだけ言った。

「いや、マジで。あれは脈アリだって。今は彼氏とか言ってるけど、ああいうのって、すぐ揺れるからさ」

少し笑って、スープをすすった高橋の声に、自信が混ざっていた。

どこか脆い種類の自信だった。

 

 

@shokochoco113
2024年11月12日
(ベッドの上に置かれたギターと、横にある白いマグカップ。少しだけ毛布がはだけていて、朝の光がゆっくり差し込んでいる)

朝の光があたたかくて、
なんでもない一日がちょっとだけ特別に思えた。
静かな音が近くにあるって、やっぱりいいなって思った。

#朝の時間
#ギターのある風景
#おだやかな一日
#いつもと同じでちょっと違う
#好きな音が近くにあるってだけでいい

 

 

昼休み、キャンパスの端にあるカフェテラス。
スープをすすりながら、高橋がぽつりと切り出した。

「この前さ、祥子と飲みに行ったんだよ、二人で」

雄二はスマホを見ていた手を止め、軽く顔を上げた。

「ふーん」

「それでさ、なんか急に“ホテル行こう”って言い出してさ。ちょっと驚いたけど……まあ、流れでね」

言い方は軽かった。けれど、どこか押し殺すような含みがあった。

「エロい雰囲気の子だなって思ってたけど、あのときはちょっと違った。がっつくなよって言ったのに、“寂しいから”って涙ぐんでてさ……なんか、放っとけなかったんだよな」

スプーンをカップに置いて、高橋はスマホを取り出した。

「今はもう彼氏と別れたって言ってたし、俺と付き合ってる。……たぶん、そういうことだと思う」

そう言って、画面を雄二の前に滑らせた。
そこには祥子のインスタ。ベッドの上に置かれたギターと白いマグカップ。少しはだけた毛布に、朝の光が静かに差し込んでいる写真だった。

「女ってさ、平気でこういうの投稿して、普通の顔して嘘つくんだよ。怖いよな、ほんと」

雄二は画面をちらりと見て、それから視線を戻した。
言葉は返さなかった。

雄二は黙ったまま、スマホの画面が暗くなるのを見ていた。
言葉の真偽なんて、確かめようもなかったけれど──
なんとなく、圭介のことを思って、胸のあたりがすこし重くなった。

夢を追うって、やっぱり、つらいことなんだな。
そんな考えが、カップの中の冷めたスープみたいに、ゆっくり沈んでいった。



@shokochoco113
2024年11月20日
(木のカウンターに並んだ空のグラスと前菜の小皿。奥の吊り下げライトが静かに揺れている。人の姿はなく、テーブルだけがそこに残っている)

ひさしぶりに昔の知り合いと、少しだけちゃんと話した夜。
話してるうちに、自分のことがちょっとだけ整理された気がした。
ちゃんと、大事にしたいものは、大事にしようって思った。
それだけ。

#静かな夜
#整理された気持ち
#自分のことは自分で守らないとね
#ちょっと大人になった気がしただけ
#また明日からちゃんとがんばる

 

 

コンビニの前。日が暮れかけた夕方で、冷え始めた風が足元を通り抜けた。
缶コーヒーを取り出したとき、声をかけられた。

「……圭介?」

振り向くと、雄二だった。高校のときのクラスメイト。なんとなく顔を合わせるのは久しぶりだった。

「久しぶり」

「うん。元気そうじゃん」

そう言ったあと、少しだけ間があった。雄二は缶のプルトップに視線を落としたまま、ぽつりと続けた。

「彼女に……振られたんだろ」

その言葉が、風よりも冷たく感じた。

「……高橋ってやつから聞いたんだ。大学のやつなんだけど、お前の彼女と高校が一緒だったらしいんだよ」

圭介は眉を寄せたまま、しばらく言葉を探していた。
そして、静かに口を開いた。

「……どういうこと? 何て言ってたの、そいつ」

雄二は目を逸らしながら、少し言いにくそうに言葉を継いだ。

「いや……なんか、“彼氏がバンドやってて将来見えない”とか、“お金ないからいつも部屋でしか会わない”とか、そういうの、ちょっと疲れてきたって。そんな話を、高橋にこぼしたらしいんだ」

圭介の指先が、まだ冷たい缶に触れたまま動かない。

雄二はそれを見て、少し声を落とした。

「……で、今は……高橋と付き合ってる、って」

その言葉のあと、しばらく沈黙があった。
冬の風がまたひとつ吹いて、ビニール袋が足元を転がっていった。

雄二は、それには気づかないまま続けた。

「……元気出せよ」

軽く肩を叩くと、雄二は「じゃあな」と言って、自販機の向こうに消えていった。

残ったのは、まだ口をつけていない缶コーヒーと、体の芯に沈んでいく言葉の残りかすだけだった。