熱:2話

祥子のインスタ投稿

 

@shokochoco113
2024年10月28日
(木のカウンターに置かれたフィナンシェと白い紙ナプキン。奥にはぼんやり光るショーケースの縁。午後の光がやさしく差し込んでいる)

今日は少しだけお店が落ち着いてたから、ひさしぶりにお菓子の写真。
バターちょっと多めにして焼いたら、いい感じにさくっとした。
この時間帯の光がいちばん好きかも。

#今日のおやつ
#焼きたてがいちばん
#フィナンシェ
#ケーキ屋の日常


@shokochoco113
2024年10月31日
(ベッドの上にニットワンピと赤いスカーフ。背景にはくたっとしたベージュのカーテンと、ちょっと曇った窓)

帰ってから、なんとなく衣替えしたくなって、ニット引っぱり出してきた。
この匂い、なんか落ち着く。
これ着て出かけたいなって思ったけど、特に予定もなくて、ちょっと笑った。

#衣替えのきろく
#ニットの季節
#赤のスカーフどうかな
#曇りの日って少し寂しくなる
#予定ない日の服選び


@shokochoco113
2024年11月1日
(夜の高架下。明かりの灯るスタジオの窓を遠くから撮った写真。ピントはぼんやりしていて、ビルの隙間から月が少しだけ見える)

音って見えないのに、なんでこんなに力あるんだろう。
頑張ってる人の背中が、いつか照らされるといいなって、最近よく思う。
なんかね、そういうこと思う夜が、ちょっと増えた気がする。

#音のある場所
#窓の明かり
#続けるってすごいこと
#遠くからでも届くといいな
#静かな夜に思うこと

 


@shokochoco113
2024年11月3日
(居酒屋のテーブルに並んだグラスと取り皿。少し引いた角度で、奥には笑い合う友人たちの横顔がぼんやり写っている)

高校のメンバーと久しぶりに集まった夜。
近況とか昔の話とか、気づけば笑ってばっかりで、時間あっという間だった。
彼の話になって、バンドやってるって言ったら「それ、めっちゃかっこいいじゃん」って。
そうかな?って言いながら、内心めっちゃにやけてた。笑

#高校の友だち
#かっこいいって言われてちょっと自慢げ
#夢を追う人ってすごい
#ひさしぶりの夜があったかかった
#もっと応援したくなった




 


その夜、高橋が大学の友人たちと入った居酒屋は、偶然にも祥子たちが予約していた店だった。

ざわついた店内。ふたつのグループがそれぞれの席に落ち着いてから、しばらくしてだった。視線が交差したのは。

「あれ、祥子じゃん」

高橋の声に、祥子はグラスを持ち上げ、少し遅れて微笑んだ。

「ひさしぶり。……ほんと、偶然だね」

記憶の中の祥子はもっと地味だった気がする。
今の彼女は、目立たないけれど、目が止まる。ワインレッドのニットに細いピアス。淡い口紅の色が、表情を柔らかく見せていた。

「そっち、何人? こっち来れば」

高橋は椅子をずらしながら、さりげなく彼女の隣に移った。
乾杯の声や笑いが飛び交うなかで、彼だけが違う温度の空気をまとっていた。

「今さ、彼氏いるの?」

祥子は少しだけグラスを傾けて、視線を落としたまま言った。

「うん……いるよ」

短くて、深くは触れないような言い方だった。

高橋は、その間にある空白に、なにかを読み取った気がした。

「へえ、そうなんだ。……でもまあ、そういうのって、なんとなく続いてるだけってこともあるよね」

祥子は返事をしなかった。代わりに、小さく笑った。
笑っているようで、何も言っていない。そんな表情だった。

「高校のときさ、あんまり話す機会なかったよな。クラス違ったし」

「うん、たぶん、あんまり」

「……今度、ふたりで飲みに行こうよ。今なら、いろいろ話せそうな気がする」

少しの沈黙があった。
祥子は口元に手を置いたまま、高橋のほうを見た。

「うん。……予定、見てみるね」

 

 

@shokochoco113
2024年11月11日
(賑やかなテーブルの隅に置かれたグラスと、テーブル下にかかるワインレッドのニットの袖。手元だけがぼんやり写っていて、隣には誰かがいる気配だけが残る)

少し前の飲み会の写真。
高校のグループで集まったら、思いがけず懐かしい人に会った。
お互いちょっとだけ変わってて、でも話し方とか間の取り方は不思議とあの頃のままで。
偶然って、なんであんなに記憶に残るんだろう。

#高校のつながり
#なんか懐かしかった
#たぶん記録しておきたかっただけ
#特に意味はないよたぶん
#でもちょっと面白かった夜


高橋はスマホの画面を何気なくスクロールしていた。
その指が、ふと止まる。
映っていたのは、フィナンシェの写真だった。木のカウンターの上に、白い紙ナプキン。奥にはショーケースの縁がぼんやり光っていて、午後のやわらかい光が静かに差し込んでいる。

「……ほんと、変わんねえな」

つぶやいた声は小さく、部屋の壁に吸い込まれた。
一人暮らしのワンルーム。乾ききった加湿器と、食べかけのポテトチップスの袋。画面の中だけが、やたらきれいだった。

投稿を遡るたびに、どこか懐かしい空気が流れ込んでくる。
ベッドの上のニット。くたっとしたカーテン。窓の外は曇り。
「これ着て出かけたいなって思ったけど、特に予定もなくて」
その一文に、ふっと息がもれた。

それから、夜のスタジオ。遠くから撮られた、灯りのついた窓。

『頑張ってる人の背中が、いつか照らされるといいなって』

読むだけで、ざらっとした感情が胸の裏に残る。
誰に向けて書いたのか──考えずにいられなかった。

そして、居酒屋の写真。あの夜の光景がぼんやり蘇る。
写っているのは、あのとき彼女が着ていたワインレッドのニット。その袖口が、テーブルの端にちらりと見える。

“偶然って、なんであんなに記憶に残るんだろう。”

投稿の最後のタグに、無意識のうちに口元がゆるむ。
あれは偶然なんかじゃなかった。あの夜、確かに何かがあった。そう思わせる“空気”が、たしかにあった。

けれど、誰のこともはっきりとは書かれていない。
ただ、ふとした言葉や雰囲気の端々に、見えない「誰か」の影が差し込んでいるような気がした。

それでも──自分のことだと思いたかった。

画面を見つめたまま、スクショを撮る指先が、わずかに震えていた。