@shokochoco113
12月8日
(ベッドの上。しわのついた掛け布団と、手に握ったスマホの影。部屋の灯りは消えていて、画面だけがかすかに光っている)
理由なんて、いらなかった。
わたしは、ただいっしょにいたかっただけなのに。
わかってるつもりだったのに、
ちゃんと、って思ってたのに、
なんでこんなに、苦しいんだろう。
#ごめんねって言われても
#わたしはなにも終わってない
#夢も気持ちもちゃんと応援してたのに
#もうなにが正しかったのかわからない
#今日だけはちょっと無理かもしれない
@shokochoco113
7月28日
リール動画
今日のハイライト。
太陽、筋肉、自由すぎるひとりと、それを見て笑う人たち。
なんか、全部バカみたいで、すごくよかった。
夏、ちゃんとはじまった感じ。
#海の日の午後
#自由すぎる人がひとり
#リコのツッコミが止まらない
#佐山は終始冷静だった
#笑っただけで今日は勝ちってことでいいよね
検索窓に「shokochoco113」と打つのは、もう癖になっていた。
投稿が止まって半年以上。なのに、ほぼ毎日アクセスしていた。
何も更新されていないと分かっていても、指が勝手に動いた。
高橋は、自分でもその習慣が気持ち悪いことにうすうす気づいていた。
けれどやめられなかった。
新しい投稿があった。リール動画。
目が止まり、タップする前に一瞬だけ間があった。
再生すると、夏の光が画面を白く照らした。
砂浜。空の青。
そして、迷彩のハーフパンツの男が、リズムよくシャドウボクシングをしていた。
最初はふざけてるのかと思った。
でも、パンチの切れが違う。
肩から腰、足のステップまで、全部がちゃんとしていた。
ガチだ。たぶん、リングに立ってるやつの動きだ。
汗の光り方も、生きた筋肉も、見ればすぐにわかる。
背後から、笑い声。
「ちょっと待って、速すぎでしょ!」
「やばい、腹いたいんだけど!」
その声のなかに、祥子がいた。
はしゃいで、声を裏返して笑っていた。
画面が揺れて、スマホを持っている手元がちらっと映る。
距離はある。撮影として普通の距離感。
でも――声の感じが違った。
カメラを向けてるのに、気を抜いて笑ってる。
撮ってるっていうより、ただ一緒に楽しんでるだけだった。
(……なんで)
再生が終わっても、すぐに指が動く。
もう一度流す。
また声が聞こえる。
同じ場面、同じ笑い方。
何を探してるのかわからないまま、また繰り返す。
パンチのフォーム。
砂に落ちた影。
ツッコミにかぶせるような声。
一度見たはずなのに、見逃した何かがある気がして、止められない。
スマホを伏せた。
でも、すぐにまた手が伸びていた。
自分のいない場所で、
自分の知らない顔して、
ただ笑っているだけの十五秒。
舌打ちしそうになるのを堪えた。
結局、陽キャで筋肉あって、動きが派手なやつに全部持ってかれるんじゃん。
笑って、ハッシュタグつけて、“今日は勝ち”とか言って。
負けたのは、俺?
――は?
スマホを伏せた。
そのくせ、また再生してた。
声。風。波。
そして、俺の知らない場所で、俺の知らない顔して笑ってる、彼女。
何が一番ムカつくって、
それを見てる自分が、一番情けない。
@shokochoco113
7月29日
(リール動画:夕方の浜辺。佐山が砂の上に座ってアコースティックギターをつま弾き、リコがノリノリで「SUMMER SONG」を歌っている。笑いながら、ときどき歌詞が飛ぶ。後ろには祐介がタオルを振り回して踊っている。波の音、夕風、笑い声が自然に混ざる)
この時間がずっと続くわけじゃないって、
なんとなくみんなわかってるから、
ちゃんと笑ってたんだと思う。
#サマーソング2025
#佐山のギターは本物
#リコはだいたい歌詞とばす
#祐介はなぜか踊ってる
#海と音楽ってずるいよね
また更新されてた。
リール動画。夕方の浜辺。
タップすると、音が流れる。
画面の中では、砂の上に座ってギターをつま弾く男と、
その隣でノリノリで歌ってる女。
どこかで見た顔だった。たぶん、高校のときの同級生。
クラスは違ったかもしれない。名前は思い出せない。
けど、当時からああいう空気の中にいるのが似合うタイプだった。
歌ってるのは「SUMMER SONG」。
ちょっと歌詞が飛んで、笑い声が混ざる。
後ろでは筋肉のある男がバスタオルを振り回して、変な動きで踊ってる。
ギターのやつも、タオルのやつも知らない顔だ。
でも、変にまとまってる感じがした。
カメラが少し揺れる。
笑い声が重なる。
祥子の声だった。
スマホ越しの笑い声じゃなかった。
その場にちゃんといて、誰よりも楽しそうだった。
動画が終わる。
でも指が止まらない。
もう一度再生する。
ギター、波、声、笑い。
同じものを見てるはずなのに、胸の奥だけが妙にざらついてくる。
カメラを向けてるはずの祥子が、
誰よりも無防備に笑ってる。
その声が、腹に響いた。
もう一度、音を消して再生する。
@shokochoco113
8月8日
リール動画
照明の残り光の中で、
ふっと笑ったその顔が、
たぶん今日いちばんかっこよかった。
#ライブハウスの夜
#ギターを置いたあとの笑顔
#ステージから降りてきた人
#ちゃんと見てたよって言えないから
#でもたぶん伝わってるといいな
また更新されてた。
リール動画。
タップすると、照明がまだ揺れてるステージが映った。
拍手が響く中、ギターを肩にかけた男が、ゆっくりとステージを降りてくる。
知らない顔――そう思ったのに、どこかで見たような気がした。
(……あいつだ)
海の動画。
夕方の浜辺でギターを弾いてた男。
あのときは砂の上、今はステージの上。
海でもギターを弾いてた、あの男。
今日もまた、隣には祥子がいた。
男がカメラに向かって、ふっと笑って、手をあげる。
媚びた感じはない。余裕があった。
その瞬間、祥子の笑い声が入る。
息を呑んだあと、軽く笑う。
抑えきれなかったみたいな、素直な音だった。
それが、いちばん腹にきた。
(なにがそんなに、おかしいんだよ)
距離が近い。
いや、たぶん最初から近かった。
海のときもそうだった。
笑い方が違ってた。
声のトーンが、あきらかに“特別”だった。
再生が終わっても、指が止まらない。
またタップする。
拍手、笑顔、祥子の声。
名前も知らないくせに、二本も動画に出てきて、
どっちでも、祥子が一番よく笑ってる。
(なんだよ、それ)
スマホを伏せた。
でも、また再生してた。
何が一番ムカつくって、
その全部を黙って見てる自分が、
いちばんみっともなかった。
@shokochoco113
8月10日
(古いエアコンの下、小さなテーブルとギター。その横で佐山がTシャツ姿のまま、床に座って静かにコードを鳴らしている。カーテンから差し込む光が、窓の近くだけを明るくしている。部屋には生活の音がない。ギターと指の動く音だけ)
なにも話さない時間が、
こんなに心地いいって思ったのは、たぶん初めてだった。
コードのひとつひとつが、
言葉みたいに聞こえた夜。
#午後の部屋と静かな音
#話さなくてもわかるとかじゃなくて
#ただそれでよかっただけ
#ギターがあってよかったねって言ったら笑ってた
#なにも起きてないけどちょっとだけ泣きそうになった
@shokochoco113
8月11日
(小さなテーブルの上。黒地に英字プリントのマグと、少しだけ欠けた白いマグ。2つ並んだコーヒー。まわりには散らばった漫画と折れたギターのピック。カーテンの隙間から朝の光が差している)
狭い部屋に、コーヒーが2つ。
それだけで、朝がちょっと違って見えた。
なにかを言ったわけじゃないけど、
なにかを受け取った気がした。
#朝の光とコーヒー
#言葉はまだ落ちてこない
#狭さがちょうどよかった
#とくべつなことはなにもしてない
#でもちゃんと朝だった