2話 冷やしトマト

駅前の焼き鳥屋に入ったのは、午後五時半を少し回ったころだった。

まだ店はそれほど混んでいなかったが、カウンター席にはぼちぼち先客が座っていた。

 

リコと並んで腰を下ろす。

店員が持ってきたおしぼりで、ボクは手を軽く拭いた。

リコも無造作におしぼりをくしゃっと丸めた。

 

メニューをちらっと見て、ボクは言った。

 

「とりあえず、生と焼き鳥と冷やしトマト」

 

リコが笑った。

 

「出たよ、いつものやつ」

 

ボクは肩をすくめた。

リコもメニューを閉じると、店員に向かって同じものを頼んだ。

 

「生、二つで」

 

間もなく、泡の立ったジョッキが運ばれてきた。

手に取ると、ずっしりと重かった。

 

ボクはそのまま飲もうとした。

リコが笑いながら、ジョッキを持ち上げた。

 

「はい、乾杯」

 

ボクは少しだけ苦笑して、ジョッキを合わせた。

ゴン、と鈍い音がした。

 

リコがビールをぐいっとあおった。

口元を手の甲でぬぐって、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。

 

ボクも一口飲む。

喉の奥に広がる苦味が、少しだけ気分を持ち上げた。

 

そのタイミングで、冷やしトマトが運ばれてきた。

透明な皿の上に、冷たく光るトマトが整然と並んでいる。

 

リコが身を乗り出した。

 

「わー、うまそ」

 

嬉しそうに箸を伸ばす。

ひんやりとしたトマトを一片つまんで、ぱくっと口に入れた。

 

「……冷たっ」

 

ちょっと顔をしかめながらも、すぐににやっと笑った。

大げさでも、わざとでもない、自然な笑顔だった。

 

ボクはそれを横目で見ながら、ジョッキを傾けた。

 

リコは、素直なやつだった。

いい意味でも、悪い意味でも。

 

焼き鳥が運ばれてきた。

串を一本引き寄せてかじると、炭火の香ばしさが広がった。

 

リコがビールを片手に、さりげなく言った。

 

「で、さ。」

ボクは顔を上げた。

「祥子ちゃんに、なんで振られたの?」

うめき声が漏れそうになるのをボクは堪えた。

あっけらかんとした口調だった。

 

「浮気したんか?」

 

リコは焼き鳥をかじりながら、わざと眉を上げた。

 

「……してねえよ」

 

ボクは低く返した。

リコはニヤニヤしている。

 

「二回目だっけ? 三回目だっけ? 祥子ちゃんと別れるの」

 

「二回目だ」

 

「ふーん」

 

リコはもう一本串を取った。

 

「サヤには、ちょっと贅沢だったかもね」

 

わざとらしい慰めでも、責めるでもなかった。

ただ、

「もう諦めろ」

そう言われた気がした。

 

ボクは何も言わずにジョッキを傾けた。

 

ジョッキを空けて、リコが小さく伸びをした。

 

「なあ」

 

何気ない声だった。

隣で焼き鳥の串を指で回しながら、リコが言った。

 

「このあと、ホーム行こっか」

 

ボクは少しだけ考えたふりをして、ジョッキをテーブルに置いた。

 

「……別に、いいけど」

 

リコはにっと笑った。

 

「じゃ、決まり」

 

立ち上がると、財布をポケットに突っ込んだ。

ボクも黙って、後を追った。

 

外に出ると、空気は昼間よりも幾分涼しくなっていた。

それでも、夏の湿気はまだ肌にまとわりついて離れなかった。

 

ボクたちは駅前の通りを、並んで歩き出した。

続くはず(*´ω`*)