駅前の焼き鳥屋に入ったのは、午後五時半を少し回ったころだった。
まだ店はそれほど混んでいなかったが、カウンター席にはぼちぼち先客が座っていた。
リコと並んで腰を下ろす。
店員が持ってきたおしぼりで、ボクは手を軽く拭いた。
リコも無造作におしぼりをくしゃっと丸めた。
メニューをちらっと見て、ボクは言った。
「とりあえず、生と焼き鳥と冷やしトマト」
リコが笑った。
「出たよ、いつものやつ」
ボクは肩をすくめた。
リコもメニューを閉じると、店員に向かって同じものを頼んだ。
「生、二つで」
間もなく、泡の立ったジョッキが運ばれてきた。
手に取ると、ずっしりと重かった。
ボクはそのまま飲もうとした。
リコが笑いながら、ジョッキを持ち上げた。
「はい、乾杯」
ボクは少しだけ苦笑して、ジョッキを合わせた。
ゴン、と鈍い音がした。
リコがビールをぐいっとあおった。
口元を手の甲でぬぐって、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。
ボクも一口飲む。
喉の奥に広がる苦味が、少しだけ気分を持ち上げた。
そのタイミングで、冷やしトマトが運ばれてきた。
透明な皿の上に、冷たく光るトマトが整然と並んでいる。
リコが身を乗り出した。
「わー、うまそ」
嬉しそうに箸を伸ばす。
ひんやりとしたトマトを一片つまんで、ぱくっと口に入れた。
「……冷たっ」
ちょっと顔をしかめながらも、すぐににやっと笑った。
大げさでも、わざとでもない、自然な笑顔だった。
ボクはそれを横目で見ながら、ジョッキを傾けた。
リコは、素直なやつだった。
いい意味でも、悪い意味でも。
焼き鳥が運ばれてきた。
串を一本引き寄せてかじると、炭火の香ばしさが広がった。
リコがビールを片手に、さりげなく言った。
「で、さ。」
ボクは顔を上げた。
「祥子ちゃんに、なんで振られたの?」
うめき声が漏れそうになるのをボクは堪えた。
あっけらかんとした口調だった。
「浮気したんか?」
リコは焼き鳥をかじりながら、わざと眉を上げた。
「……してねえよ」
ボクは低く返した。
リコはニヤニヤしている。
「二回目だっけ? 三回目だっけ? 祥子ちゃんと別れるの」
「二回目だ」
「ふーん」
リコはもう一本串を取った。
「サヤには、ちょっと贅沢だったかもね」
わざとらしい慰めでも、責めるでもなかった。
ただ、
「もう諦めろ」
そう言われた気がした。
ボクは何も言わずにジョッキを傾けた。
ジョッキを空けて、リコが小さく伸びをした。
「なあ」
何気ない声だった。
隣で焼き鳥の串を指で回しながら、リコが言った。
「このあと、ホーム行こっか」
ボクは少しだけ考えたふりをして、ジョッキをテーブルに置いた。
「……別に、いいけど」
リコはにっと笑った。
「じゃ、決まり」
立ち上がると、財布をポケットに突っ込んだ。
ボクも黙って、後を追った。
外に出ると、空気は昼間よりも幾分涼しくなっていた。
それでも、夏の湿気はまだ肌にまとわりついて離れなかった。
ボクたちは駅前の通りを、並んで歩き出した。
続くはず(*´ω`*)